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【聴くトモ】まなざしが怖いとは

こんにちは、アライちゃんです。
すっかり夏ですね!冷え性の僕には嬉しい季節になりました^^

【目線でのコミュニケーション】

大学に入ってからはボランティアの現場や勉強会に参加することで様々な方とお話しさせてもらう機会がありました。人によって考え方が違うことが非常に勉強になりましたが、コミュニケーションの仕方(表情の使われ方、声のトーン、言葉選び、話すリズム、など)にだって当然のごとく個性が出るわけですよね。


目線についていうと、話している中で目線を合わせたいと思う量が、個人にそれぞれあって(さらに相手や状況にも左右されるかと思いますが)、人一倍がっちり目線を合わせるコミュニケーションスタイルを持っている方もいらっしゃるものです。
参加し始めの頃を振り返ると、初対面の方とお話しさせてもらっていて、じっと見つめられたりすると、率直に「苦手だな」と思うことがしばしばあったんです。(あくまで自分が感じていた印象であって、そういった方々のことを批判するつもりはないのです)

【自分の弱さを隠しながら】


なぜ苦手であったのか――それは自分の自信のなさからくるものでした。


当時僕は、「いろいろな現場を自分の目で見てみたい」「様々な立場の人から話を聞いて学びたい」という一心で、様々な場所に出かけて多くの人とかかわっていました。その一方で僕は「この場に適応することができるだろうか」「初対面の人とうまく話せるだろうか」と、いつも不安や自信のなさで一杯であったのです。そんな中でじっと見つめられたりすると、自分の弱さを見透かされているようで耐えられない思いがしたのです。(まあかなりの被害妄想ですよね笑)

【自分だって傷つけてしまうかもしれない】


最近になって、気になったのは、自分も誰かにいやなまなざしを送ることだってあるのではないか、ということです。
恐ろしい事に(?)自分に自信が持てるようになるにつれて、聴くトモとして経験を重ねるにつれて、初対面の相手に対してじっと見たりすることをやろうと思えば平気で出来るようになってしまったのです。


以前の自分のように、自信を持てない人が、僕の目の前にいて、初対面にもかかわらず僕が無神経にも目線でプレッシャーを与える、そういったことは十分あり得るわけです。
自分が経験した嫌な思いを他の人にさせてしまうかもしれない、すごく恐ろしい事です。

目線の使い方はまだまだ勉強中です。


第三期聴くトモ養成講座のご案内はこちら。ご応募お待ちしてます^^

【聴くトモ】聴き手としての下積み

こんにちは、アライちゃんです!
今回は久々ですが、恒例の(?)昔話シリーズ(要は体験談ですね、、)で書いていきたいと思います^^
今年の夏に第三期聴くトモ養成講座が開講されますので、現在の聴くトモがとのような人物像なのか知りたいという方にとって、参考になれば幸いです。


【おしゃべりが羨ましい】


以前、塾で個人指導のアルバイト講師をしていた頃、小中高のたくさんの生徒さんと関わる機会をもらっていましたが、おしゃべりな生徒を見ると、しばしば「うらやましいな」と思ってしまうことがあったのです。


バイトをしていた当時の僕は、単純な推測だけで、「この子はよく話を聞いてくれる親とか先生に囲まれて育ったんだろうな…」とか思っていました。(冷静に、おしゃべりな生徒にもいろいろなタイプがいて、生まれつきおしゃべりな気質だとか、ギャグセンスがあってクラスの人気者になっているとか、そういったことは考えられなかったわけですね)


【やむなく聞き手だった幼少期】


思えば、僕は小さい頃から口数が少なく、聞き手に回ることが多かったのです。別に、親や学校の先生などが話を聞いてくれる姿勢が全くなかったからなのではなく、自分が自分のことを話す習慣がきちんと作れていなかったからであると思っています。


そのようになってしまったキッカケは何だったかと考えると、5歳くらいの頃の体験にいきつきました。当時の僕は、幼稚園であった出来事を母親によく報告していたようですが、それを知った幼稚園の先生から、「お母さんには話すけど、私にはあまり話してくれないよね」という様なことを言われたのだと覚えています。そこで当時の僕は、勘違いをして、母親に話をするのは良くない事なのか、という思い込みをしてしまったのでした。


【聴くようになって思うこと】

なんだか消極的な理由で聞き手になってしまった僕ですが、大学に入ってからは「聴く」ことのやりがいや重要性を学び、Light Ring.の聴くトモとして、「聴き手」の役割をさせて頂けるようにまでなりました。幼少期の体験が聴くトモの素地となり(聴くトモの適性があったのも、普段から人の話を聞くようにしていたかたでは)、すばらしい経験をさせてもらうことに繋がったと思うと、幼稚園の先生を恨むというよりは、感謝しないといけないのかもしれません。


【毎週水曜、聴くトモプログラム】
Light Ring.の聴くトモプログラムでは、養成講座を受け、試験に合格した「聴くトモ」が、あなたのお話を60分間、親身に丁寧にお聴きします。

詳細と申し込みはこちら

*Light Ring.のFacebookページはこちら*
https://www.facebook.com/NPOlightring


【聴くトモ】現場で支えるということ

こんにちは、アライちゃんです!僕はガラケー派でずっと使い続けているのですが、最近になって周りの数少なかったガラケー仲間ですら、どんどんスマホに替えていくので寂しく思うこの頃です。

【支える事に自信がない】

Light Ring Timeにいらっしゃる参加者さんの、「自分の大切な人を支えていくのに自信がない」という声をお聞きする度に、僕としては、「あなたなら大丈夫、自信を持って!」と思ったり、実際に伝えていたりします。

でも最近、やみくもに「自信を持って」と言うのは、あまり現実を見ていない発言なのではないか、と思ってしまったんです。振り返ってみるとここしばらくは自分が「支える現場」にいませんでした。

【現場では何が起きているのか】

「支える現場」は間違いなく、本来は日常の中にあります。聴くトモカフェで傾聴しているだけでは、大切な人を支えている間に感じる辛さ・もどかしさのすべてを理解できないのです。

日常の中で支えていくということは、自分の労力や時間、時にはお金を大切な人のために(時に不本意に)費やしていかなければなりません。聴くトモカフェの、限られた時間でお話を伺うだけ、という場合と大きく異なりますね…

・調子を崩した同僚の分まで仕事をした
・睡眠時間を削って話を聴いた
・身の回りの世話を代わってした
・相手が働けなくなったので自分のお金を貸した

こういった苦労のある支え手で、「自分の支え方に限界を感じた」「なんとしても早く大切な人に元気になってもらいたい」と思っている方々に対し、現実も見ずして「自信を持って」なんていうのも無責任ではないかという気がしたのです。

【支え手が支え続けるために】

そんな中でもやはり、伝えたいのは、辛い状況にあるとしても支え手側が余裕をいつも持つ事を忘れないでほしい、ということです。自分なりにできる支え方を信じて、続けて頂ければと思います。
支える側に余裕がなければ相手も頼ることを遠慮してしまいますし、復調は遠のいていくのではないでしょうか。

そして、支え手も余裕がなくなれば、身近な他の人に助けを求めるなり、支援団体へ相談してみるなどのアクションをおこし、共倒れしないようにして頂きたいです。


いつも、「現場」で支え手として奮闘してらっしゃる方には、「本当によくやってらっしゃる」という、ねぎらいの気持ちで一杯です。
プロフィール

Light Ring.

Author:Light Ring.
こころの病の社会問題解決を
予防の観点から目指していく
特定非営利活動法人LightRing.
聴くトモブログ

理念については【こちら】を、
活動内容については【こちら
聴くトモプログラムについては
こちら
ご覧下さい*

お問い合わせはこちらまで☆
a.light.mhip@gmail.com







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